宇川徹の経歴

宇川徹は1973年に千葉県松戸市で生まれたモーターサイクルロードレーサーです。
ホンダワークスチームのライダーとして1990年代から2000年代前半まで活躍しました。
宇川徹がバイクを始めたのは、まだ10歳、小学校4年のときだったそうです。
近所にあったフィールドアスレチックの施設にポケバイのコースがあったのをきっかけに、ポケバイに興味を持ち、そこからバイクにのめり込んでいきます。

1993年に全日本ロードレース選手権250ccクラスに参戦してチャンピオンに輝くと、1994年も連覇を果たします。
1996年からはロードレース世界選手権に参加し、2003年までフルシーズンで戦いました。
2002年の南アフリカGPでは、MotoGPクラスで優勝し、日本人初の栄光に輝きました。
また、鈴鹿8時間耐久ロードレースに強く、歴代最多の優勝5回を記録しています。

2004年以降はワークスマシンの開発も行いながら、自身もMotoGPにライダーとしてスポット参戦していました。
そうした経験を評価され、2006年に本田技術研究所に入社すると、マシンの開発に専念するために現役選手を引退します。
2018年からはホンダのチームHRCの監督を務めていたこともありました。
今もマシンの開発や後進の育成に携わったり、仲間とサンデーレースを楽しんだりとバイクと深くかかわっています。

宇川徹の人物像

宇川徹自身が語るところによると、バイクは彼にとってのすべてです。
バイクがないと宇川徹ではないと言い切るぐらいバイクを愛し、バイク以外のことは何もできないと語ります。
バイクに乗っていたからこそ、チャンピオンに輝いたり外国を周ったりできたとのことです。

現役を退いた今も、プライベートでバイクを楽しんでいます。
夏は暑く冬は寒いのがバイクの欠点ですが、それすらも自然を直接感じられる車にはない魅力と語っています。
今でも月に1回は1泊2日のロングツーリングに出かけるそうで、多いときは1日600~700kmも走るとのことです。

宇川徹のおもな成績

1990年の鈴鹿4時間耐久ロードレースで優勝すると、翌1991年は全日本ロードレース選手権の国内A級250ccクラスでチャンピオンに輝くとともに、鈴鹿6時間耐久ロードレースで優勝します。
1993年、1994年と連続で全日本ロードレース選手権の国際A級250ccクラスで優勝しました。
1997年には鈴鹿8時間耐久ロードレースで初優勝を果たします。

翌1998年も優勝すると、2000年にも3度目の優勝に記録しました。
そして2004年、ワイン・ガードナーの記録に並ぶ4勝目を上げると、2005年には2位に圧倒的な大差をつけてとうとう前人未到の5回目の鈴鹿8時間耐久ロードレース優勝を記録したのでした。